会社における謎ルールや常識の押し付け 経営陣による富の独占が目的

会社は学校で刷り込まれた「常識」をベースにあなたを洗脳する

この記事を読む前に、次に示す関連記事をお読みいただき、学校教育の段階で刷り込まれた「常識」という危険な価値観の植え付けの目的について理解していただきたい。

 

関連記事

法を超越した「常識」という従順さの押し付け 学校教育の真の目的とは

 

関連記事では、学校ではあらゆる「常識」が刷り込まれ、その目的が国家や一部の富裕層が国民から搾取するのが目的であると解説した。

会社は法を無視した「常識」によってあなたから労働力を搾取し、経営陣が富を独占するのである。

挙げると切りが無いが、いくつか例を示す。

 

どこまでもカネに汚い奴等が刷り込む「常識」

驚くべきことに、トイレのために離席した場合には、その時間分の賃金を支払わないという狂った会社があるようだ。

各自で打刻する仕組みになっていて、打刻忘れがあると、確信犯ではないのかと咎められるようである。

狂っているのではないだろうか。

離席時間分を賃金から引くというバカげたことまでしていなくても、離席時間を同僚で相互に記録し合っている場合もあるようだ。

自分達で自分達の首を絞めて徹底的に会社に搾取される労働者の社畜精神は狂気でしかない。

もはや人権侵害で、人を働く機械としか考えていないのだろう。

 

サービス残業の常態化は問題になっていて、実際の労働時間よりも過少申告するのが「常識」とか、そもそも残業代を求めるという行為が非常識という狂った文化の会社が多数存在する。

賃金は労働に対する対価なのだから、労働に従事した時間分の手当を求めるのは当然の権利であり、これを非常識とする奴等は非常識どころか犯罪者である。

特に問題なのが、管理職になるのがこのような会社の為にサービス残業を強要する狂ったバカばかりである点だ。

バカな管理職だけではなく、バカ集団による同調圧力も問題である。

私は以前の職場で、管理職でもないくせに私が残業代をつけようとすると、残業代をつけることに文句を言ってくるヤバイおばちゃん達に困ったことがあった。

そのおばちゃん達もあまり残業代をつけるタイプではなかったが、特に見返りもないのに自ら金をドブに捨てる行為は全く理解できない。

歪んだ正義感を振りかざすバカはどこにでもいるのだ。

 

あなたの会社では、就業規則で定められた始業時間よりも早い時間から働くことが当たり前になっていないだろうか。

始業時間から仕事ができるようにするためなどと、掃除やら何らかの仕事のための準備という仕事を始業時間前に済ませるという「常識」が刷り込まれているのではないだろうか。

それも無給で。

始業時間前の労働について、賃金を支払っている企業は少ないだろう。

残業代は終業時間を過ぎてから発生するという「常識」が刷り込まれていて、無給で搾取されている労働者が多いのが実態だ。

堂々と始業時間から仕事をし、何かそのことで注意を受けた場合は録音するなどして証拠を残しておくといい。

時効は2年なので後から請求する際の根拠となる。

今は誰でも情報発信ができる時代だ。

会社名とともに違反内容を公表することは容易であり、その公表を交渉の材料として活用できる(脅しではない)。

スキャンダル1つで会社が潰れることもあるのだから、経営陣は信用を失うことを最も恐れているのである。

全てを失うのが嫌ならば、富を独占しようという汚い考えを捨て、正しくあるべきなのだ。

法治国家で事業を営む以上、当然である。

 

情報発信は現代人が手に入れた攻めも守りもできる手段

労働問題を扱う方は多数いて、ツイッターで誰でもそのような方々とコンタクトが取れる。

私が最近驚いたのは、yahooニュースの労働問題に関する記事を書かれている方にある高校生がコンタクトを取り、その問題の内容の記事がyahooニュースに掲載されたということだ。

都内のとある高校で、非正規の教員が正規の教員への転換を前提として勤務し、過労死ラインに近い長時間労働、残業代の未払い問題にも目を瞑り、散々搾取された挙句に使い捨てにされたという問題だ。

この悲惨な現実をどうにかしたいと生徒が立ち上がり、この時代の利点を活かして雇い止めを阻止するためにツイッターを活用したのである。

不安定な身分から、安定な身分への転換をエサに散々搾取し、使い捨てにした最低な学校経営者の実態が世間に公表されたのだ。

もちろん、高校名も公表されている。

情報発信は現代人が手に入れた攻撃も守りもできる最大の武器だ。

活用して、権利を勝ち取ってほしい。

労基署が動かなかった場合だって、具体的にどこの労基署に申告したが対処してもらえなかったという旨を公表すればいい(最善の選択肢は弁護士を伴って申告することだが)。

 

搾取されるのが大好きなバカ共は相互に監視して自分の首を絞める

トイレのための離席の監視をする会社が存在するなど、相互に監視させることで徹底的に労働力を搾取する悪質な企業の実態を紹介したが、基本的にどこの企業でも本質は変わらない。

仕事は常に一定量あるわけではないため、時期によって仕事量は変わるものである。

忙しくて残業が続く時期もあれば、暇になる時期もあるだろう。

1日の中で暇な時間がある場合、何かしている風を装わなければならないのは無意識的に相互に監視しているためである。

サボっていると思われるとか、何か言われるかもしれないなどのリスクがあるため、暇な場合でも何かしているように装わなければならない。

洗脳されていて、仕事となると積極的に搾取されにいくバカが多いために生じる問題だ。

楽をしたいという欲求を抑えて、「仕事だから」とか「給料もらっているのだから」と自ら積極的に首を絞めて苦しみ、仕事を辛いものにしているのだ。

毎朝通勤の電車の中で見る大部分の大人達の顔は死んでいる。

辛くて仕事を辞めたいが、生活の為にお金が必要だから辞めることができないのだろう。

ただでさえ辛いのに、さらに自分で自分の首を絞めて余計に仕事を辛く苦しいものにしているのはなぜなのだろうか。

私には全く理解できない。

その辛く苦しい状態で何十年も働き続けることができる人は天才だ。

私のような凡人には決して不可能であり、すぐに辞めるという選択肢を考える。

何十年も働き続けるのならば、緩い環境でなければ続かないだろう。

私の以前の職場でも、常に動き回っていないと何か言ってくるバカなおばちゃん達ばかりで困っていた。

手待ち時間は自分の成長の為の学びの時間にできればいいのだが、それが会社側にメリットがあるということにも気付かないバカな経営者がほとんどなのが現状で、そのような会社では成長する見込みはない。

 

残念ながら、日本人の生産性の低い現状は今後もずっと変わらないだろう。

学校教育における洗脳が原因であり、根底にあるのは学校に休まず通い、サボってはいけないという常識の刷り込みだ。

驚くべきことに、関西の医科大学では顔認証による出席管理をしているのだという。

もはや本質を見失っているとしか思えないが、大学生にもなって出席を厳しく管理することに何の意味があるのだろうか。

できるかどうかの世界であり、試験で点数が取れていればそれでいいのではないだろうか。

どんなに真面目でいつも最前列で講義を受けていても、試験で点数が取れなければ何の意味もない。

出席することに意味があるわけではなく、講義はあくまでツールの1つにすぎないのだ。

学ぶためのツールはいくらでも存在する。

つまらない講義を受けることや、ただ講義室にいて寝ているだけ、もしくはスマホを見ていることに意味はない。

学校では結果よりもプロセスを評価するため、管理しやすい従順な人が評価されるようになる。

実力と評価の乖離が生じる原因は、学校教育をずっと引きずっているからである。

子供の頃から学校に縛り付けられることで、学校に通って教室にいることが常識であると刷り込まれ、大人になると学校が会社に置き換わる。

そして会社にいる時間はずっと働き続けることを要求されるのである。

適度に休憩することは生産性を高めることが広く知られてきているにもかかわらず、なぜかそれを許さない会社が多く存在する。

学校でも1コマ授業が終わると5~10分の休憩時間があるのに不思議なものだ。

そのようなブラック企業では搾取されるだけで当然成長は見込めない。

すぐに退職願を書くべきだろう。

 

若者の適切なリスク管理~敷かれたレールの上を走るのは自殺行為~

1つの会社で定年まで勤め上げるという時代は終わった。

転職市場は拡大し、雇用の流動性は高まっている。

若者が理解しておくべき点は、1つの会社に長くいることは大きなリスクであるということだ。

従来の会社に尽くすという考えは持たなくていい。

大企業でも、早期退職制度による老害切りが相次いでいる。

昔と違い、今の時代はどんなに尽くしても見返りは期待できないのだ。

 

関連記事

社畜として生きる事のバカバカしさ 相次ぐ老害切りは何を意味するのか ~若いうちは低賃金、歳を取っても昇給しない時代の生き方~

 

若者は自分の成長だけを考えればいい。

契約に基づいて労働力を提供していれば何の問題もない。

会社に対する忠誠心など必要ないのだ。

賢い人は会社を利用して自分を成長させることを考える。

これからの時代のリスク管理は、自分を成長させ、労働市場における自分の価値を高めることである。

今後は組織に属さずに、個人で仕事をするのが普通の時代になってくるだろう。

いずれにしても、実力を高めることがリスクを回避することになる。

自分の成長に繋がる仕事を積極的にするべきなのだ。

学校や会社で刷り込まれる「常識」は、経営者が労働者から不当に労働力を搾取して利益を独占するために植え付ける考えである。

物事の本質を見抜き、最善の選択をするべきだろう。

 

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法を超越した「常識」という従順さの押し付け 学校教育の真の目的とは

学校教育は国策 国家と一部の富裕層による国民からの搾取が目的

日本国憲法で定められている「国民の三大義務」は義務教育の中で教えられている。

勤労、納税、教育を受けさせる義務である。

国家は国民から搾取することを憲法という最高法規で明示しているのである。

つまり、学校教育は国民の義務を何の疑問も持たずに行い、国家に貢献する優秀な国民の育成が目的である。

この学校教育は産業革命の頃から現代まで本質は変わっていない。

産業革命の頃には工場による大量生産が行われるようになったが、工場での生産性は国家の軍事力や税収と直結するため、生産性の向上は国家の課題でもあった。

現代の工場ではかなり機械化が進んでいるが、まだ人の手に頼る部分は大きい。

当時はまだ機械化がそれほど進んでいないため、現代よりもずっと「機械のように働く人間」が必要だった。

そのため、学校教育は国家の成長のための工場における労働者の育成という目的もあった。

学校教育は国策であることは言うまでもない。

学校教育は国家の為にあり、国民本位ではないことは明らかである。

現代でもそうだが、企業は特に若い世代に対して、生活するのに最低限必要な金しか労働の対価を支払わない。

一方で、経営陣は儲けを労働者に還元することはなく、独占する。

その状況に疑問を持たずに会社の為と積極的に搾取される優秀な労働者を評価し、管理職にすることでコストを掛けずにさらなる儲けを出す。

会社おける洗脳教育、富の偏りについては関連記事で解説しているので、そちらを参照していただきたい。

学校教育は、一部の富裕層が労働者から不当に労働力を搾取することで彼らを豊かにさせるという目的もある。

富裕層は多額の税金を納め、軍事力の向上に貢献するので国家にとってもメリットがあるのだ。

つまり、学校教育の目的は使いやすい従順な労働者の大量生産により国を成長させることにある。

そのために、学校では「常識」という彼らにとって都合のよい価値観の植え付けを行うのだ。

 

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会社における謎ルールや常識の押し付け 経営陣による富の独占が目的

 

「常識」の正体 国民は一方的に搾取される

学校教育は、工場で労働に従事するために必要な読み・書き・そろばんのような基礎となる教養だけでなく、先生の号令や指示通りに動くという「常識」、目上の人を敬い従順に言う事を聞くという「常識」、辛いことに耐えて我慢するのが当然であるという「常識」、自分の自由な時間を削って国の為、学校の為、チームの為に犠牲になるのが当たり前という「常識」など、あらゆる「常識」を刷り込む。

時間割に従って同じサイクルを繰り返し、軍隊のような全体行動や先生という独裁者への服従を求められる。

同じ工場に決められた時間に毎日通い、管理職の指示に従い、指示された労働に従事するという工場での労働の予行演習のようである。

この一定のサイクルの繰り返しをこなすことのできる「立派な大人」を大量生産するための工場が学校である。

考える力の乏しい子供の頃から「常識」を刷り込み、一定の規格から逸脱しない、先生という独裁者に従順な者を評価するという仕組みも会社での評価システムと変わらない。

 

「理想的な国民」という「規格」こそが「常識」の正体である。

この「規格」とは、国家や会社、集団の為に搾取されることに疑問を持たないことや、秩序を守ることが本質である。

先に例示した「常識」を要約すると、この「規格」が根底にある。

第一に、我慢、忍耐、根性などが美徳とされるのは、搾取されていることに気付かないバカの存在が搾取する側にとって都合がよいため、このような価値観を刷り込むのである。

私は行事のための練習などはよくサボっていた。

ゴールは何なのか、それを行うことに意味はあるのか、そこにかける時間や労力に見合うメリットはあるのかなど、総合的に判断した上で非国民扱いされても構わないと判断したのだ。

くだらない練習で、放課後や朝の自分の時間を奪われることにメリットはないし、何も得られない。

頑張ることに意味があるというのは幻想であり、ムダなことに時間をかけても何も成果は伴わない。

例えば、合唱コンクールの練習は正直なところ、練習の前後で何が変わったのか全くわからない。

客観的に評価する指標は無いが、上手くなったといっても低いレベルの変化であるように感じられた。

ただ長い時間練習したという自己満足に浸り、バカな子供達は随分と満足気だったのを見て内心ではかなりバカにしていたのを覚えている。

そのことが一体何の役に立ったのだろうか。

もっと自分の好きなこと、興味のあることに没頭した方が得られるものは大きかったはずだ。

この国の国民の生産性の低さの根源は学校教育にあるのだろう。

社会に出ると、「チームの為」が「会社の為」に変わる。

信頼する人の為に自分を犠牲にするのは構わないが、会社の為に自分を犠牲にしたところで何も見返りは無い。

ただ経営陣が富を独占するだけである。

子供の頃からチームの為、クラスの為などと刷り込まれているバカは「会社の為」という社蓄精神を容易に受け入れてしまう。

長時間労働による寝てない自慢が美徳とされたり、定時になったらタイムカードを切ってサービス残業するのが当たり前とか、朝早く出社して就業時間前に掃除するのが「常識」とか、労働基準法を超越した「常識」によって、労働者は搾取され、異を唱えようものならば、危険な思想を持つ異端児として認識される。

同調圧力とは恐ろしいもので、この国の国民は酷く洗脳されていて狂っているのである。

 

先生や上司、目上の人を敬い、従順になるというのは、秩序を守るということであり、管理しやすい労働者はやはり都合がよい。

私は中学生の頃には大人よりも考える力があり、知識量も質も遥かに上回っていた。

だからこそ、バカな大人達の数多ある誤りは分かっていた。

先生という独裁者の発言には誤りが多く、言うことを聞かないことも多かった。

そのため、試験では満点近く取っていても、成績(評定)は5段階で3か4をつけられることもあった。

実力と評価には全く相関性がなく、試験の成績が悪くても、従順なバカが評価される。

例えば、黒板に書かれた文字をひたすらノートに写す写経に何か意味はあるのだろうか。

しかも、内容がまとまっていなくて理解の促進に繋がる有効なツールではないならば尚更だ。

無駄な作業であることは言うまでもない。

プリントを配布すれば済むことだ(現代では紙媒体でなくてもよい)。

私はこの写経はムダだと判断し、ノートを取らなかったら怒られ、低く評価されてしまった。

つまらない、わかりにくい、退屈な講義や授業を受けることに意味はあるのだろうか。

ダメな講義を聴いてもダメになるだけである。

私は高校までは出席管理が厳しいため仕方なく出席していたが、大学生になるとよく講義をサボっていた。

それでも単位を落としたことは1度もない。

できるかどうかが問題なのであって、決まった時間に大学に来て座っていることに意味があるわけではない。

私は最終的な目的が何なのかをよくわかっていたので、適切な判断ができたのである。

もちろん、面白くてわかりやすい講義は理解の促進に繋がる有効なツールであり、活用すべきである。

しかし、基本的に学びは学校に行かなくても個人レベルで実践できる。

学ぶためのツールは数多く存在する。

学校に依存しなくても学ぶことはできるのだ。

 

挙げると切りが無い。

やはり、バカな大人による価値観の押し付けにより、日本人の生産性は著しく低くなってしまった。

繰り返すが、学校教育は国民本位のものではなく、国家や一部の富裕層が国民から搾取するのが目的である。

先生の言う事を聞く(洗脳される)ということは、生徒や学生の能力の向上よりも管理しやすい(使いやすい)という点にフォーカスが当てられており、黙って言う事を聞くバカは都合がよく、秩序が保たれる。

指示に従わない頭の良い人がいては秩序が保たれない。

学校や会社での評価は、管理しやすいとか、従順であるとか、その程度のものだ。

目上の人を敬い、言う事を聞きなさいという教えも、秩序を守るためだ。

年上に対しては敬語を使い、年下に対してはタメ口というのも、学校における年功序列に基づく垂直的権力関係の刷り込みによって「常識」となっている。

しかし、私はバカな年寄りなんて尊敬できない。

尊敬できるかどうかは年齢の問題ではない。

年下であっても、優れた方には敬意を持って接するのは当然だと思うし、年功序列という考え方が根本的におかしいのだ。

バカな先輩のことを陰ではバカにしていたのならば、あなたの感覚は正常だ。

 

幸せの価値観も洗脳教育によって刷り込まれ、生き方のモデルを示される

学校における洗脳教育によって一定の規格をクリアし、標準化された製品である国民は労働市場に出荷され、社会の歯車となっていく。

国家による洗脳は、仕事の面だけではなく、プライベート、生き方そのものにまで及ぶ。

幸せとは何か。

国民は結婚して子供を産み、育てることが幸せだと刷り込まれていて、そのことを信じて疑わない人が少し前の世代ではほとんどで、若い世代でも多い。

詳しくは、関連記事を読んでいただきたいが、国家は国民の幸せなどどうでもいい。

国家の成長の為に結婚して子供を産んで欲しいだけなのだ。

国家の成長の為に示された生き方のモデルが本当に幸せなのか、よく考えるべきだろう。

 

関連記事

「女性は子ども産む機械」発言に透けて見える支配する側の意識

 

あなたは誰かに都合よく使われ、搾取され、生きていくのに最低限必要な金しか与えられない生活に満足ですか?

この記事は、堀江貴文氏の『すべての教育は「洗脳」である』を読んで新たに得られた知見と私の考えを基に書いています。

現状を変えたいと強く思っている方には読んでいただきたい一冊です。

楽しく働き、賢く、豊かに生きていく為に。

 

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「女性は子ども産む機械」発言に透けて見える支配する側の意識

「女性は子ども産む機械」発言に透けて見える支配する側の意識

結婚して子供を産むことは誰にとっての幸せなのか

国家は国民に何を求めるのか。

主に労働、納税、出産である。

労働者として休み無く働き、結婚して子供を生み、立派な労働者に育てるのが幸せであるという古くからの価値観の継承は、まさしく国策である。

この価値観は、産業革命の時代から現代まで受け継がれている。

国家による洗脳教育はうまく機能していて、この現状は多くの国民が思考停止の状態に陥っているという現実を示している。

果たして結婚して子供を産むことが本当に国民にとっての幸せなのだろうか。

 

別に国家は国民の幸せなど望んでいない。

将来の労働力を製造し、お国の為に搾取されることを望んでいるのである。

姿の見えない支配者の為に将来の労働力を製造させることを目的として「結婚=幸せ」という価値観の刷り込みが行われてきたのである。

 

ここまでの内容がよく理解できない方は、堀江貴文氏の著書である『すべての教育は「洗脳」である』を読んでいただきたい。

学校教育があなたの為のものではなく、国家や支配者、一部の富裕層の為に存在する制度であることが理解できるだろう。

 

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大臣の「女性は子ども産む機械」発言に潜む支配する側の意識とは

2007年、当時の厚生労働大臣である柳澤伯夫氏が、「女性は子ども産む機械」と発言し、炎上したのを覚えているだろうか。

女性を「機械」やら「装置」等と発言し、マスコミの食い付きもよかった。

これまでの記事の内容を理解していれば、もうお気付きだろう。

 

国務大臣は支配する側の人間である。

国家の為、自分達のような支配する側の人間の為に「理想的な国民」を育成し、搾取する役割を担う(実質的には学校教育のエリートである官僚がその役割を担い、大臣は置物というケースも多い)。

人を「機械」とか「装置」と表現するところから、国民の幸せを望んでいるわけではなく、国家の視点で考えているのは明らかである。

ただ労働力を製造する機械であればいいのである。

この発言は、内に秘めておくべき本音がポロッと出てしまったのだろう。

 

そもそも柳澤氏は、この問題発言以前にホワイトカラー・エグゼンプション(労働時間規制の適用除外)を推進した人物である。

日米投資イニシアティブ、日本経団連、在日米国商工会議所の要望を受けて、年収400万円以上の給与所得者を対象に1日8時間、週40時間の規制を撤廃する、定額働かせ放題制度を推進した。

当然ながら、「残業代取り上げ法」、「サービス残業合法化法」、「過労死促進法」などと批判され、見送られた。

やはり、国家や一部の富裕層のことしか考えていないのである。

当時は見送られた定額働かせ放題制度だが、今年2019年4月から高度プロフェッショナル制度(高プロ)がスタートする。

やはり、国家は国民の幸せなど考えておらず、国民から搾取することしか考えていない。

 

出産の話に戻すが、2015年には菅義偉官房長官が民放の番組で大物俳優の結婚に関連して「この結婚を機に、ママさんたちが一緒に子供を産みたいとか、そういう形で国家に貢献してくれたらいいなと思っています。たくさん産んでください。」と述べたのである。

やはり、国民の幸せではなく、「国家に貢献」することを求めているのである。

支配する側の意識がどのようなものかは十分に理解できたのではないだろうか。

「結婚=幸せ」なのか、よく考えるべきだろう。

ドライブレコーダーはあおり運転をするようなバカから身を守るための必需品である

あおり運転をするような失うものの無いバカはどこにでも存在する

平穏な日常が失うものの無いバカによって奪われるという悲しい現実。

残念ながら、バカはどこにでも存在し、突然現れます。

失うもののないバカは感情的になり、理性を失ってあなたの命を奪います。

このようなバカの本質について知りたい方は、関連記事を参照してください。

 

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部活には犯罪・非行を防ぐ目的も あおり運転等の程度の低い罪を犯す者の本質

ドライブレコーダーはバカから身を守るための必需品

ドライブレコーダーが普及した背景には、あおり運転が相次ぎ、大きく報道されたことがあります。

あおり運転の様子もしっかり映っていて、車から降りて襲い掛かってくるバカの姿もしっかり記録されています。

犯人が仮に逃げたとしても、その動画を公開すればすぐに捕まり、大きく報道されるために厳罰に追い込めるでしょう。

世論も強い味方であり、衝撃的な映像であればより厳罰化が期待できます。

このようなバカは野放しにすると、何度も同じ事を繰り返し、多くの犠牲者を出してしまいます。

厳罰に処し、社会に出さないようにするのが公共の福祉の為でしょう。

 

駐車中の車上荒らしや当て逃げ、イタズラなどの監視にも使えるので、駐車監視機能のあるものがオススメです。

車を長時間目の届かない場所に置いておくのはリスクがあります。

バカはどこにでもいますから、駐車監視機能のあるドライブレコーダーでバカによる迷惑行為から守るのも有効です。

軽微な犯罪では警察が動かない恐れがあるので、その場合は証拠となる動画を公開し、「○○署が対応してくれなかったので公開した」のようなコメントをすると、世論は警察もバッシングしてくれます。

動画が拡散されるような工夫をし、世論を味方につけることが事件の解決に繋がります。

誰もが情報発信できる時代ですから、身の守り方も昔とは変わってきています。

自分の身は自分で守らなければなりませんから、ドライブレコーダーの設置は検討すべきでしょう。

他にもあるドライブレコーダーのメリット

バカから身を守るためのドライブレコーダーですが、警察官というバカから身を守るという機能もあります。

自分の成績の為に違反をでっち上げるバカもいますから、そのような輩は証拠映像を突き出して懲戒処分に追い込みましょう。

動画を公開すると、世論の食い付きもいいでしょう。

 

事故や事件の他、衝撃的な映像や面白い映像が撮れる場合もあります。

このような動画がお金を生むので、偶発的に撮れたら臨時収入が発生するというメリットもあります。

 

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部活には犯罪・非行を防ぐ目的も あおり運転等の程度の低い罪を犯す者の本質

部活は社蓄精神の刷り込みによって休まず忠実に働く兵隊を養成するのが目的であると関連記事で解説しました。

 

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部活の目的は社蓄精神の刷り込み 評価を人質にした逃れられない仕組み

日本人の社畜精神はどのように養われたのか 洗脳教育の恐ろしさ

 

部活の目的はそれだけではありません。

教員も部活のせいで休みがありませんが、子供も休みがありません。

双方にとってメリットがなさそうですが、休みを与えずに拘束する目的について考察します。

部活には犯罪の抑止という目的がある

部活の大きな目的は犯罪・非行を防ぐことです。

犯罪に手を染める子供には以下の傾向が見られます。

高度な犯罪ではなく、暴行等の程度の低い犯罪を行う子供に見られる傾向です。

あおり運転をするようなバカにも見られます。

 

・学力が低い

・運動が得意

・騒がしく、クラスの人気者

・感情の制御が難しく、キレやすい

 

公立の小学校・中学校に通われていた方ならばある程度納得していただけるでしょう。

学力の低い子供にとって授業や試験は苦痛でしかなく、大きなストレスになります。

高校受験・卒業の時期になると進学校に進む同級生との格差が露骨に視覚化されてしまい、将来性の低く失うものの無い存在になってしまいます。

高校によって偏差値が異なり明確にランク付けされてしまうため、厳しい現実に直面してしまいます。

失うものが無ければあらゆる犯罪に手を染めるようになってしまいます。

進学校に進んだ子供には将来性があり、失うものが大きいため犯罪の抑止力になるのですが、彼らにはそれがありません。

 

学力によるランク付けからは逃れることができませんが、運動が得意な彼らは部活動に逃げることができます。

進学校においても、その集団の中で落ちこぼれてしまった人の中で部活に逃げるケースは多々見られます。

部活は彼らにとって貴重な居場所なのです。

自尊心を持つことができ、自分に一定の価値を見出すことのできる場所であり、中には帰属意識を持つ人もいます。

部活以外に居場所の無い彼らにとって、部活が犯罪の抑止になるという側面があります。

部内の暴力沙汰だけではなく、学外での非行も発覚してしまえば部活動が停止に追い込まれてしまいますから、居場所を奪われたくないという心理が犯罪の抑止になります。

やはり、失うものがあるということは犯罪の抑止になるということです。

 

部活が犯罪の抑止になる理由は精神的な要因だけではなく物理的な要因もあります。

休日も拘束して休みをほとんど与えないことで時間を奪い、疲れさせることで非行に及ばないようにするのです。

教員も休日が取れずに負担ですが、生徒が学外でトラブルを起こすとその対応を余儀なくされるため、休日を部活で潰した方がまだマシであると考える教員もいるようです。

生物学的にオトナになったバカの末路

高等学校とは名ばかりの教育機関を卒業した彼らは、当然のことながら頭を使わない単純な労働しかできません。

肉体を酷使する労働を低賃金で行い、搾取される毎日を過ごすことになります。

低学歴で安月給。

つまらない単純作業の毎日。

失うものはありません。

過酷な労働に従事していてもお金は増えませんし、ストレスは溜まる一方でしょう。

他人の邪魔をしたり、怒りをぶつけたりして怯えさせ、一時的に優越感に浸りたいのでしょう。

最近のバイトテロ問題もそうですが、労働者に関しても安かろう悪かろうなのです。

 

色々と酷いことを書いているので、批判もあるでしょうけど、よく考えてください。

運転中にあおられて車を止めざるを得ない状況に追い込まれたら、バカが襲い掛かってきて殺されそうになるのです。

バカ一匹のせいで、自分の人生が台無しにされるリスクを誰もが抱えているのです。

車の運転中だけではありません。

街を歩いていても、駅のホームでも、どこにでもバカはいます。

一度でもこのようなバカに絡まれた経験があれば、この記事に否定的になることはないでしょう。

バカは突然現れて感情的になり、理性を失ってあなたの命を奪う恐れがありますから、リスク管理が重要です。

ドライブレコーダーは確実な証拠になります。

車を運転される方は設置を検討しましょう。

 

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相次ぐバイトテロ 機械化はバカバイト、人件費増、人手不足のリスク回避の策

ドライブレコーダーはあおり運転をするようなバカから身を守るための必需品である

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最低賃金が上昇してもバイトの質は変わらない

近年、最低賃金は急激な上昇を続け、東京都の最低賃金は2018年10月に985円、神奈川県は983円になりました。

今年2019年にはどちらも1,000円を超えそうな勢いです。

最低賃金が上昇するということは人件費が増大するわけですが、その分バイトの質が上がるわけではありません。

結局は安かろう悪かろうであり、そこまで高い金を払う価値のない人に高い金を払わなければならないのが現状で、そこに追い討ちをかけるように物価の上昇(原材料費の高騰)があり、原材料費と人件費が高騰するからまた物価が上がるという悪循環です。

国民全体の給与のベースが上がらない中での物価の上昇ですから、消費が落ち込む好ましくないインフレです。

最低賃金の上昇は最低賃金程度で働く人にはメリットがありますが、それ以外の人にとっては負担が増すだけです。

バイトテロ、バカッター事件多発 昔からバカはどこにでも存在する

最近はバイトテロやバカッターが話題になっています。

コンビニやファミレスのバイトがSNSにバカ丸出しの動画をアップし、それが瞬く間に拡散され、会社がバイトに潰されそうになる事態にまで発展しています。

昔からバカはどこにでも存在していたのですが、昔は仲間内で盛り上がっていただけのものが現在はSNSによって共有され、それが思わぬ形で拡散されて社会全体に知られてしまい、炎上しているだけです。

バカの楽しさを共有する手段の変化によって、社会全体に知られるようになっただけです。

現在は情報の共有方法が変化 今後は仕事が変わる

時代とともに情報の共有方法が大きく変化しました。

しかし、最も変わるべきものが何も変わっていません。

現在は人が行っている単純作業の機械化はそれほど進んでおらず、人件費の増大は経営を圧迫します。

コンビニでも無人レジは実験段階ですが、これからキャッシュレス比率が大きくなることもあり今後は無人レジが当たり前になってくるでしょう。

人件費の抑制だけではなく、バカッターのリスク回避にもなり、人手不足の問題もクリアできるため、経営者側にとって非常にメリットが大きいと考えられます。

消費者にとっても、人件費が抑えられた分だけ商品の価格が下がるのでメリットは大きいでしょう。

AIに仕事を奪われるという考えの愚かさ

AIに仕事を奪われると懸念する人もいます。

誰でもできる単純作業しかできない人は確かに仕事を奪われるでしょう。

このような人は、つまらない単純作業を延々と死ぬまで続ける気なのでしょうか。

これからの時代は、資産が形成できなければ死ぬまで働く時代です。

つまらない仕事を辛いと嘆きながら何十年も続けることができる人はある意味天才です。

これからの時代は、頭を使えない人間は淘汰されていきます。

AIの発達によって、つまらない労働から解放されることのメリットを享受し、クリエイティブな仕事ができる時間が増えることに喜びを感じられないような人はずっと底辺です。

底辺で、最低賃金で搾取され、格差は現代よりもずっと拡大するのだから、考え方を変えなければなりません。

人手不足、人件費高騰、バカバイトによるテロのリスクを考えれば、機械化にシフトする流れは当然でしょう。

 

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参考書籍

『10年後の仕事図鑑』堀江貴文、落合陽一 共著

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仕事の意味を考える若者を否定する老害はすぐに追い出すべきである

職場に蔓延る体育会系バカの老害が若者を潰す

今の若者は昔と違って、この仕事をする目的は何か、意味はあるのかなどとよく考え、仕事を振られた際に「この仕事をやる意味はあるんですか?」「なぜですか?」と質問する。

昔の世代は何も考えずに、ただ言われた仕事をしているだけであったのとは対照的だ。

「自分が若いときには疑問を持たずに黙って言われたとおりに仕事をしたものだ。」と上の世代は不満を漏らすが、これは自分が思考停止に陥っているバカであると宣言しているようなものである。

年功序列、終身雇用に守られていた世代は、何も考えなくてもいい暮らしができ、会社も国も守ってくれた。

しかし、思考停止に陥った老害は、何も生まない、会社を蝕む寄生虫であると認識され始めた現代においては、彼らを早期退職制度によって追い出そうという動きがある。

 

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今の若者が置かれている状況は昔とは大きく異なる。

会社よりも人の寿命の方が長いこの時代に、終身雇用という概念は存在しない。

年功序列で給与が上がり、ポストが与えられる時代でもなくなる。

つまり、若者にはスキルアップに繋がらない雑用などの無駄な仕事をしている余裕はない。

何も身に付かなければ、自己責任という言葉で切り捨てられてしまう。

使い捨ての奴隷になりたくなければ、能力を高め、組織に依存しなくても生きていけるようにしなければならない。

そのため、「その仕事に意味があるのか?」と考えるのは当然であり、そのスタンスを否定する老害は邪魔でしかない。

体育会系の思考停止に陥ったバカな老害によるムダな根性論に付き合ってはいけない。

その老害はあなたの人生に責任を持たないのだから。

大企業に入ったところで、仕事の大部分は無駄の連続であり、社畜化教育によって他では使い物にならない労働者に成り下がってしまうリスクもある。

大企業でも、社会情勢や時代の変化に振り回され、安泰とは限らない。

何か1つでもスキャンダルが世に出てしまうと、潰れてしまうリスクもある。

何十年もいれば、1度や2度はスキャンダルが出るものだろう。

誰でも情報発信ができるこの時代に、不正を揉み消すことは極めて難しい。

偉くなれば、責任を取らされてクビを切られるリスクもある。

組織に依存するのは大きなリスクだ。

 

参考までに、大企業に入ると待ち受けるムダについて紹介した記事のリンクを貼りました。

この方のブログは、他にも若者がこれからの時代を生きていく上で役立つ情報が多数掲載されています。

就活で悩んでいる方はかなり参考になると思います。

 

参考記事(外部)

大企業を1年で辞めた僕が感じた大企業のムダな仕事6選

 

これからの時代は、社蓄精神なんて必要ない。

会社のことよりも自分のことを考えて生きなければ、共倒れになってしまう。

洗脳された「社畜」という使い捨ての奴隷になってはいけない。

 

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今の若者や子供の方が、洗脳されたバカな大人よりも物事の分別がつく

思考するという人としての機能を喪失したバカな大人が次世代を潰す

2019年2月4日放送 日本テレビ「月曜から夜ふかし」の内容は一部衝撃的だった。

「全国のお正月イベントを調査した件」というVTR企画で各地のイベントを紹介していたのだが、山形県のイベントは理解に苦しむものだった。

地域の子供が真冬の屋外で凍る寸前まで冷やされた水をかけられるという拷問のようなイベントである。

400年以上続く伝統ある行事として紹介されたが、近年は子供がこの行事に参加したがらないという問題があるのだという。

子供たちも理解に苦しむ行事であるが、大人の言い分としては、子供は水をかぶるものであり、伝統を残したいのだという。

大人たちは、最近の子供は変わっているとか、子供の質がどうとか文句を言い、自分達の時は祭りに参加し、水をかけられるのが当たり前だったと漏らし、不満そうである。

思考停止の状態に陥り、何も考えずに意味のわからない伝統を引き継ぎ、若い世代に強要する年寄り。

社畜精神の基礎となる洗脳教育は本当に恐ろしいもので、考える力が育たないばかりでなく、次世代にも押し付け強要する悪循環。

水をかけられることに意味を見出せずに参加を渋る子供の方がずっと考える力があり、賢い。

何も疑問を持たずにバカげた伝統を受け継いできた大人たちもある意味で天才であるが。

このようなバカが存在し続ける限り、ブラック企業は無くならない。

 

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北海道のイベントも残酷だ。

3日間にわたって1時間おきに冷水を浴びるという拷問である。

イベントに参加する若者の目的は、精神的に強くなる為とか、やはり根性論である。

1時間おきに冷水を浴びるという拷問を受け続けると、当然体調を崩すものもいる。

しかし、年寄りはリタイアすることを許さない。

「やると決めたならやるしかない。」

「自分に負けるな。」

と言い、中身のない根性論で拷問を受け続けるよう強要する。

根性論で洗脳されたバカは恐ろしい。

まさしく「我慢を美徳とするバカ」である。

根性や気合は何も生まない。

ブラック企業における過労死に代表されるように、「死」のリスクしかない。

ここでの「死」とは、生物としての死だけではなく、学習し、思考するという人としての機能の喪失も意味する。

 

バカな大人たちに洗脳されてはいけない。

これからの時代は、常に思考し続けなければマトモな暮らしはできないのだから。

 

関連書籍

『バカとつき合うな』 堀江貴文、西野亮廣 共著

楽天市場で購入     アマゾンで購入

 

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医学部不正入試問題 組織、そこに群がる奴等もカネに汚いから生じた問題

2018年、東京医科大学の裏口入学問題から芋づる式に明らかになった男女差別や多浪差別問題。

国公立、私立問わず他大学でも同様の問題や地域による差別が明らかになりました。

裏口入学が生じた根本的な要因 ~カネ、地位、安定性~

発端となったのは文部科学省の元局長がバカ息子を裏口入学させた問題です。

現在の医学部人気は昔とは比べ物にならないほど過熱していて、学費の高い私大でも難易度は大幅に上がっています。

なぜここまで医学部は人気なのでしょうか。

 

先を見通せない不安定な現代社会を生きる過保護な親達は、今後安定して稼げる仕事はせいぜい医師くらいしか存在しないと考え、子供を医学部に入れようとするのです。

弁護士もダメ、銀行員もダメ、大企業に入っても定年まで残れないかも・・・。

これまで安泰で稼げると言われた職業が軒並み不安定な職業になってしまった現代では、学部入試の最高峰である医学部入試を突破し、医師になることが幸せであると考えられるようになってきました。

このような今の時代の社会情勢が医学部人気に大きく反映されており、カネや安定性が目的であることは明らかです。

純粋に人を救いたいと考える人が増えたわけではありません。

人を救いたいという思いの強い、医師としての適正のある人を医者にするためには、医者が儲からない仕事にならなければなりません。

しかし、お偉いさん達はカネや地位、権力に塗れた汚いおじさん達です。

実現する可能性は極めて低いでしょう。

 

製薬会社はよく勉強会を企画してくれるのですが、その勉強会の参加者には弁当が提供されます。

病院内で実施される勉強会であれば、遅れてやって来て弁当をさっと食べてすぐ出て行く医者や、終わってから現れて、残った弁当を掻っ攫っていく医者もいます。

飛行機のビジネスクラスの客があらゆるサービスを要求する(ファーストクラスの客はサービスをあまり要求せずにほとんど寝ている)のと同じで、医者のような中金持ちが最もカネに汚い層です。

 

大学病院に残っていては稼げませんが、白い巨塔が崩壊した現在では大学の医局の力は弱まり、医師向けの転職サイトも充実しています。

大学に残って偉くなることや、権威を追い求めなければ高収入が期待できる職業であり、国家資格であるため安定性が高い。

社会的地位も高く、医師は別格です。

病院内においても医師以外の職種にとっては絶対的な存在であり、薬剤師が看護師や事務員(特に総務などの人事権を持ち、力が強い部署)からゴミのように扱われるのとは大違いです。

自分は特別な存在であると勘違いし、プライドが高く、クレーマー体質な人が多いのはこのような問題も要因としてあるのでしょう。

中には誰に対しても腰が低く、誠実で人徳のある方もいらっしゃいますが、大部分の医者の人間性は問題があり、個人的には「こんな奴に診てもらいたくない」と思ってしまいます。

医学部に入れる学力がありカネが欲しいから医学部に入り、医者になった人達ですから、仕方がないのかもしれません。

 

学歴至上主義の考えが未だ根強い現代において、カネ、地位、安定性が保証された昔ながらの職業は医師の他にはないのでしょう。

男女、多浪、地域差別が生じた要因 ~医者も所詮は社畜~

多くの医学部で行われていた男女、多浪差別問題。

一部地域による差別もありましたが、なぜこのような問題が生じたのでしょうか。

昔からこのような差別は存在するというのが医学部入試の常識でしたが、裏口入学問題が明るみにならなければ、この問題も明らかになることはなかったでしょう。

 

大学の上層部から見れば、若い医者は所詮兵隊の一匹に過ぎず、低賃金で膨大な仕事をこなしてもらいたいという考えがあります。

医者も社畜のようなものです。

教授陣は搾取することしか考えていません。

女性は結婚、出産に伴い兵隊として搾取され続けることが難しいとか、体力面で男性に劣るためにブラックな長時間労働に耐えられないという考えが男女差別を生じさせたのでしょう。

 

多浪差別については、若い方が兵隊として優秀であるという問題もありますが、ストレートで医学部を卒業し、国家試験まで合格する可能性が現役や1浪に比べれば低いという問題があり、避けられていました。

地域による差別は、医師の偏在化という問題があり、地方ではとにかく医師が足りません。

 

首都圏や関西圏の成績優秀な学生が、受かりやすい地方の国立大に進学するケースは多いのですが、医師免許を取得したら都会でカネを使って楽しく快適に暮らしたいという欲求のままに、結局その地域には残りません。

不便で娯楽のない地方よりも都市部の方が魅力的に感じるのは当然なのですが、自分が医師として一人前になるために何千万円も税金が使われたのだから、社会のために貢献しようという意思が皆無で、自己中心的で傲慢な医師が多い現状は大変残念です。

地元出身者を優遇するのは、その地域に残ってくれる可能性が高いからということでしょう。

医師の偏在化は非常に大きな問題で、一定期間その地域に残ることを条件として入学を認めるなど、解決するための工夫がなされています。

 

医師個人の幸せのために多額の税金が投入されるというのもおかしな話です。

医師を1人育てるためには数千万円~1億円程度のコストが掛かるようですが、そのほとんどは税金が投入されています。

税金は社会に還元されるものでなければなりません。

医者になるために掛かったコストを全額自分で負担するのならば話は別ですが。

医師も人であり権利は当然ありますが、多額の税金が使われている以上、社会的責任や社会に貢献する義務を負っています。

医学部入試の差別問題は権利の主張ばかり目立ちますが、社会的責任についても考えなければなりません。

根本的な問題が解決される日は来るのでしょうか。

今の若者は昔と比べて賢くなっている 社会情勢、情報へのアクセスの変化がもたらす価値観の変化

ゆとり世代=バカではない おじさん達よりも考える力がついている

「今の若者が昔の若者と比べて賢くなっている」というのは、学校での試験の成績の話ではなく、生き方の問題です。

ゆとり世代である今の若者は、教科書が薄く学校での授業も少なかったため、社会に出てから役に立たない、どうでもいい知識の詰め込みは少なく済んでいます。

無駄な知識の詰め込みに充てていた時間を、自分が好きなことに充てられたので、ゆとり教育は本当に良かったと思っています。

学校で過ごす時間が短くなるのは無駄が少なくなるため、その点も非常にメリットがありました。

洗脳教育の影響が大きく、学歴至上主義で成績が全て、勉強量が重要であると刷り込まれている人はそうは思わないのでしょうけど。

学歴や成績は考える力ではなく、知識量、より本質的にはストレス耐性の指標です。

学歴至上主義は、多くの国民がいい大学を卒業し、いい会社に入ることが幸せであると刷り込まれているからこそ成立するものです。

しかし、今の若者はいい大学に入り、いい会社に入ったところで幸せになれるとは限らないことに気付き始めたのです。

有名な大企業に入っても、3年以内に転職する人は多いようです。

昔の人とは大きく価値観が変化し、仕事よりもプライベートを優先する傾向にあり、サービス残業のように搾取されることを嫌います。

出世欲は弱く、そこそこの幸せを望みます。

このような価値観の変化は、上の世代の悲惨な末路を見て形成されたのかもしれません。

毎日残業し、家にいる時間はほとんど寝ているだけ。

翌朝には家畜運搬車(電車)に詰め込まれて会社まで輸送され、また残業。

働き過ぎて死人が出る有様。

こんな人達を見て、「こうはなりたくない」と思うようになったのでしょう。

年功序列、終身雇用に守られていた上の世代は、搾取されてもある程度の見返りが期待できたのですが、今の若者は搾取されるだけで見返りはありません。

国も会社も守ってくれません。

そんな時代だからこそ、会社ではなく自分の人生、自分の時間を優先し、搾取されることを嫌うのは当然の価値観の変化です。

 

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常識という古い価値観の若者への押し付けは若者の将来を潰す行為である

 

今の若者は考える力がついていて賢くなっているというのは、詰め込み教育による知識量の問題ではなく、昔の人の教え、古い価値観に違和感を覚え、自ら思考し最適解を導き出しているということです。

昔の人のように、上の世代から教わった事を信じて実践したところで幸せになれないのではないかと考え、どのように生きるべきかを考えているという点が大きく異なります。

今の若者は、昔の人のように思考停止に陥っていないことを示しているのではないでしょうか。

情報へのアクセスは容易になり、必要な情報を簡単に手に入れ、発信までできる時代になりました。

疑問を持ち、その疑問を解決するために必要な情報を入手し、思考する。

これができる若者が増えているため、昔と比べて賢くなっているという印象を持ちます。

 

これからの時代は、単なる知識の多寡が問われるのではなく、考える力が問われる時代になります。

人間の記憶力はコンピューターには到底敵いませんし、あらゆる単純な作業はAIに代替される時代です。

今の若者に考える力がついているというのは良い傾向ではないでしょうか。

 

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『10年後の仕事図鑑』堀江貴文、落合陽一 共著
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